音楽つれづれ日記

音楽好き、飽き性、そして中庸思考。

オケ経営のことをちょっとだけ考えてみた

作曲家の田中公平さんのブログに、
オーケストラ大好きの作曲家として」というタイトルで投稿がありました。
詳細はリンク先を見ていただくのが一番良いのですが、
プロの作曲家の観点から、
プロオケの運営の危機感みたいなものをそのブログの端々に感じ取ることが出来ます。

公平さんはその中で、
オーケストラの経営危機の要因について以下の理由を挙げられています。

#1)人口の減少による、従来のクラシックファンの著しい高齢化
#2)聴衆の意識の多様化に付いて行けず、旧態然としたコンサートの方式
#3)劇場の減少による劇場スケジュール確保の困難さと経費の高騰
#4)年末の第九しか、キラーコンテンツのない業界


私もクラシックやジャズを始めとして演奏会へは頻繁に通っています。
ジャンルはかなりバラバラですけど、
フルオーケストラの演奏も年間を通して多く聞かせていただいてます。

公平さんのあげられた理由は、
頻繁に演奏会に行く私も肌で実感するくらいわかりやすいものです。
高齢化についてはまさにその通りで、
クラシック音楽の演奏会に顔を見せるのは、ジジイやババアが圧倒的に多いです。
中には音大生や専門生のようなかなり若い人も見られますけど、
大半は老人と言われる人たちです。


さて。

ここ最近、ゲーム音楽をプロオケが演奏する機会が増えてます。
以前はアマチュアの演奏会が占めていたサブカル分野の演奏会も、
徐々にではありますが、プロオケが参戦するようになりました。
顕著な例で言えば、プロの吹奏楽団によるDQの演奏会があげられますし、
プロオケがDQだったりFFだったりといった大作のゲームの音楽を演奏するというのが、
最早当たり前になりつつあるのではないか、とも思います。

そこで公平さんがあげられた理由の4番目に着目してみます。
「年末の第九しかキラーコンテンツのない業界」
まさにそうです。これまでは年末に馬鹿みたいに行ってる第九の演奏会、
これが集客の目玉のひとつでもありました。
しかし目玉がこれだけという状況はあまり好ましくはありません。
第九とは別にキラーコンテンツが必要、ということですね。


そこに登場してきたのがゲーム音楽です。
DQなどの成功例もありますし、
ある程度の、いや結構な集客が見込めるコンテンツのひとつです。
オーケストラ運営の危機感があれば飛びつきたくなるのもうなずけます。
チケットが早い段階で完売することも珍しくないことから、
柳の下のどじょう状態になっている感も否めません。

そのくらいオーケストラ経営が立ち行かなくなりつつある、
ということのあらわれでもあります。

従来のクラシック音楽を主体とした演奏会を続けたいから、
集客力の高いゲーム音楽の演奏会を行っている、という考え方はしたくないのですが、
これだけ雨後の筍のごとく演奏会が開かれている状況を考えると、
そういう考え方もあながち間違っていないのかもしれない、とも思うのです。

私の考え方がひねくれているから、という理由ももちろんありますけども(笑)。


話は突然変わりますが、私はプロオケの演奏が好きです。
逆に言うとアマチュアのオケの演奏は極力聴きたくはないんですよ。
前にもブログでも書きましたが、
演奏スキルの心配を、演奏会の本番でしたくはないんです。
本番では、椅子に深く腰掛けて目を閉じたり、演奏している姿を目に焼き付けたりしながら音の世界と戯れたいと思っている人です。

確かに愛のある演奏は大事です。しかしまずは愛よりもスキルです。
その曲が大好きという気持ちだけ空回りして演奏が散々だったとしたら、
私は二度とその演奏団体の演奏会へは行きたくなくなるでしょう。
それがどれだけ私の大好きな曲であったとしても、です。

そういう観点から見ると、
プロオケがゲーム音楽の演奏へ参入してくるというのは喜ばしいことです。
そこにプロオケ奏者のゲーム音楽への愛が加われば言うことはないんでしょうけど、
プロというのは、愛だけで演奏するというわけではありませんから。
(愛がない、とは言ってません。念のため)

一定数以上の集客力を見込めるであろうゲーム音楽演奏会。
プロオケの安定した演奏で好きなゲームの音楽を聞くことが出来るのであれば、
ゲーム音楽好きならずとも行きたくなります。
プロオケのフランチャイズホールで鳴り響くゲーム音楽、というのを想像すると、
ワクワクする自分もいます。
しかしながらそれとは反対にちょっとさびしく思う自分もまたいます。
そう思ってしまう理由はここで書くのを控えさせてもらいますね。


あとは値段設定ってのもありますね。
クラシック音楽の演奏会って基本的に高いんです。
日本で定期演奏会をされているところでも、
S席で7000円とか8000円とか取られるところもあります。
近年増えてきたゲーム音楽の演奏会でも、プロオケ奏者によるものを見ると、
同等の、あるいはそれ以上の金額を提示しているところもあります。
この辺については、公平さんがあげられた理由の3番目とも関わってくるんでしょうね。
そもそも劇場を確保するときにかかる費用が高い。
そして劇場スケジュールを確保すること自体が難しい。
そうした経費の影響をもろに受けるのが、
聴衆が支払う演奏会の費用ということになります。

私自身はオケの運営側に立ったことはないので、
この価格設定の細かい所までは把握することが出来ません。
そして私は、想像だけでいろいろと決めつけをすることを極端に嫌う性質なので、
きっとこういうことなんでしょう、という物言いもしたくはありません。
なので、この辺については専門の人に詳しく話を聞いてみたいんですよ。
それも一人だけじゃなくて10人あるいは100人単位で。
一人だけにきいたところで概要を把握することは不可能ですし、
それ以前に、私は一つの事柄を決めるのに一つの意見だけを鵜呑みにしてしまうことはない人なんです。
なので、そういう話に詳しい人はぜひ私にご連絡ください(切実)。



田中公平さんもブログで書いておられますけど、
クラシック音楽の演奏会って愛想が全くありません。
聴衆は決められた時間に会場へ行って所定の席に座らされます。
そして、コンマスまたはコンミスが登場して、
オケのメンバーが登場してチューニングを行います。
その後、指揮者が登場と同時に拍手。厳かに演奏が始まります。
演奏が終わると指揮者が客席に向かって一礼。
その後アンコールなどの演奏がある場合もありますが、
基本的には演奏が終わるとそのまま解散という形になります・
「昔からそうなんだから仕方がない」という旧態然とした意見もありますが、
それだと新規の方々にとってクラシックが敷居の高いものとなってしまうのもわかります。
気楽に聞ける演奏会も増えてきてはいますが、
クラシック音楽の演奏会の大半は、
「変化をあまり好まない老人どものための演奏会」という面もあるように思います。
クラシックはかくあるべきだ、という凝り固まった思想の持ち主がたくさんいて、
伝統という言葉に縛り付けられて身動きが取れない状態になってることに気づかず、
伝統に縛られるがゆえに伝統に滅ぼされてしまうことになってしまう。
もしかしたら、そういうことが遠くない未来に起こる可能性もあります。

なんて書くと「じゃ伝統を捨てろというのか」という方もいらっしゃるでしょう。
ですが、私はそんなこと一言も言ってません。
伝統は大事です。それはそれできちんと継承しつつ、
もう少し違う一面を見せても良いのではないか、という提案の一つに過ぎません。
守るべきものは守り、攻めるときは一気呵成に攻める。
そういうことも時には必要なのかもしれないな、ということです。



というわけで、思うところをのべつまくなしに語ってみました。
私もプロオケの演奏は今後もたくさん聞きたいと思っている一人です。
だから経営が危ういのであればお助けしたいとは思うのですが、
何分にも経済力も乏しく、ましてや人間力も乏しいので(笑)、
こんなブログを書くことでしか恩返しができないのが悔しいところです。
そもそもこのブログ自体、恩返しになっているのかどうかも怪しいですけど・・・