今年もこの日となりました。
去年のこの日にもこうしてブログを書いています。
毎年、この日になると書くようにしています。
特に去年書いたブログは、やや感情的になった感もあり、
今読み返すと、反省する面もあるなぁ、と思いますが。
あれから、今年で26年目となります。
関西出身である、という話をすると、
「全く関西弁が出ないよね」と言われることが多いんです。
脳内にスイッチみたいなものがあるみたいで、
地元を離れると、標準語スイッチみたいなものが働くようです。
地元の友人や、関西生まれの人と話すとすぐに関西弁になります(笑)
そして、私が神戸生まれであると知ると、
大抵の人が「地震、大丈夫だった?」と聞いて来ることが多いです。
大丈夫だからこうして生きているんだよ、という気持ちと、
大丈夫じゃないから今もこうしてあの頃のことを思い続けてるんだよ、
という気持ちがないまぜになって、あまりいい気持ちはしません。
去年のブログにも書きましたけど、
私自身は、早くあの震災のことは忘れたいと心から願ってます。
でも、きっと死ぬまで忘れないんだろうな、ということも頭ではわかってます。
さすがに、狂乱することも、涙が出ることもなくなりましたが、
それでも、凄惨な光景というのはどうしても拭い去ることはできません。
この日が来るまでは、机の引き出しの奥の方にしのんでいるそれが、
その日になると、ほんの少しの隙間からでもそれが垣間見えてしまうんです。
そして、少し心が落ち着かなくなります。
現地に行って黙祷をするのは、
そんな気持ちを少し慰める意味も込められていたのかもしれません。
今年はさすがに帰省はできませんけど、
現地へこの思いが届くように、今年はこちらで祈りたいと思います。